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JUJU's Lounge #13

~人体の謎、っていうか・・・~
-人間の体なんてぇのはわからないことだらけで、
専門的な知識の無いボクみたいな一般人はこれまで判明した事実だけを知らされて
(ウソかホントか知らないが、健康ブームにも乗っかって)
身体のことも少しはわかった気になってるけど、
実は宇宙や地球や海の中なんてわからないことだらけなのと一緒で、
ほとんどは謎だらけなんでしょうなぁ。
科学なんていう、とても曖昧な学問が哲学より優位に立つ時代があまりに長いと、
人は考えることを止めてしまって、どんどんバカになってしまいそうな気がします。

ボクは昔から自分の手先などから「もやぁ~」っと出てるモノが見えます。
見えない人もいるらしいが、ボクの友人でも見えると言う人がわずかながらいます。
ボクの親しいベーシストのS本などは人の体の周りに膜が見えると言ってました。
これが「オーラ」ってヤツでしょうか?
ボクは自分に見えてるものが何なのか?と突き詰める気は昔からあまりなくて、
長年、まぁ、そんなもんだろうと思っていました。
日によって見え方も多少は変わりますし。
体から発している熱か何かかなぁ、それとも「オーラ」ってやつなのかなぁ・・・ぐらいで。
ところが・・・。

先日の暑くて寝苦しい夜でした。
ボクはその夜の一通りの連絡事項を連絡し終えて、ケータイを閉じて寝床につきました。
すぐにうとうとしていると、耳元で「プ~ン」と羽音が。
一瞬、我が生涯の天敵「蚊(モスキート)」かと思ったものの、
長年の敵対関係からの学習で、すぐに蚊の羽音とは違うとわかりました。
たぶん小さい羽虫か何かだったんだと思います。気候も暖かくなってきたしねー飛びたいよねー。
とは言うものの、なんだかちょっとイヤな気分です。
少しばかりイヤな緊張をしつつも、しょせん睡魔には勝てずついに眠りかけた時、
足クビ辺りがチクッとしました。
よくあることです。
神経過敏なまま寝たので途端に目覚めて飛び起きて、その箇所を「バシッ!」と一叩き。
まぁ、よくあることです。大抵なんでもないんです。
そして、反射的にその手を見た時です。

・・・自分の手の周りを何百、何千という細くて短くて白い針金みたいなモノ(そう見えた)が、
もの凄いスピードで飛び回っているんです。
イメージとしては雨が降る前の日の夕方、
道端でかたまって飛んでいる小さい羽虫の群れ、
まさにアレです。
ただ、一つ一つがもっと大きくて白っぽい。
スピードは羽虫以上でしょう。すごいアバウトなんですけど・・・。
もう、完全にSFXです。映画の世界です。
一瞬、血の気が引きながらも、すぐさまもう片方の手を見ると、やはり同じです。
あまりの緊張に目が覚めるというより(とっくに覚めてるっちゅうの)、
マジでちょっぴりパニくって、気が遠くなって、胃がきゅう~んとして、変な汗が噴出してきました。
起き上がってどうすることもできずにただ、ビビりながら手を眺めていました。
やっと冷静になってやがてそれが虫じゃないことがわかって、自分の手を見ながら考えました。
「こりゃ、なんだ?」

何度拭いても消えないし、生き物でも手に取れる物質でもなさそう。
自分が見ているものが信じられませんでした。
そうやって15分ほど眺めていると、やがてその「虫たち」は少しずつ減っていって、
スピードも遅くなり、やがて無くなって、
いつも見えている「もやもや」になっていきました。

話は逸れますが、ボクはずっと昔、わずか一年ほどの短期間だけ集中的に
心霊現象を体験しまくった事があります。
先にも後にもあれほど具体的な体験はその期間だけです。
それだけに記憶に焼きついています。
こういうことを書くと、「あぁ~それ系ねぇ~。」みたいな感想の人もいるでしょう。
まぁ、そういう人は、それはそれでお幸せに(笑)
知らないってことは、ある意味幸せなことです。
これらの昔の出来事と今回の事が同じ範疇だとはまったく考えていません。
何が言いたいかと言えば、とにかくこの時期の体験は筆舌に尽くしがたく、
この時と同じような、自分の微小な理解力をはるかに超えた事象との突然の遭遇は、
まさに本物の恐怖を呼び起こしました。

いったいアレはなんだったんでしょうか?
初めて見ました。あんなモノ。
でも、きっとボクの体に関係あるものなんです。なぜかそう思います。
痛くもかゆくも熱くも冷たくもなく、質感を感じないものが無数に手にまとわりついていたんですから。
ボクから離れようとせず、猛スピードで飛び回っていたんですから。
これを医者や学者に説明したら、いったいどんな回答が返ってくるんでしょう。
期待してませんけど。

世の中はわからないことだらけです。
自分の体が、自分が何なのかさえまったく知りません。
今こうやってキーを叩いているこのパソコンが何からできてるかだって知りません。
知ろうとすら思っていない(笑)
自分を取り巻く世界を見回したって同じです。
どんなにお金を持っていたって、どんなにフットワークが軽くたって、どんなに貪欲だって、
短い一生のうち、この世の中で出会い知ることができる事柄は砂浜の砂一粒ぐらいのことでしょう。
誰もがほとんど、何も知らないまま一生は終わるわけです。
だったら、どんなに欲張ってもしょせんは何も手に入いらないようなものですねぇ。
今在る全ては「まぼろし」同然とも思えます。
それでも無知の恐れなどまったく抱かず、人は毎日泣いたり笑ったり怒ったり。
それどころじゃないってカンジで元気に必死に生きてるんだからかわいいもんです。
ボクみたいにこの歳で初めて見る自分の一部らしきものにマジでビックリしてみたり(笑)
違う見方をすれば、唯一「まぼろし」じゃないものは自分のアタマの中の「イメージ(想像)」かもしれない。
もしも情報に惑わされずにそれを守り続けられれば、唯一の、門外不出の明確で絶対的な個人情報です。
ただしアタマがしっかりしていればね(笑)
自分のアタマの中が「まぼろし」かどうかすら判断できない準備不足の人、
つまりボクも含め世の中のほとんどの人はもちろん、論外でしょう。

しかしアレは、「チリチリチリ」と「もやもや」はなんなんだろう・・・?
やっぱりボク(井上くん)なんだろうか・・・。
それならちゃんとした名前をつけたいなと、ちょっと思いました。


Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #13 (updated 2007/6/13)

JUJU's Lounge #12

最近はblogというたいへん今どきなものに出会ったので、
日常の出来事はそちらに載せることにした。
ここではもうすこし内側の、普段考えていることや思っていることを書いてみたいと思う。

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ぼくは育った家庭がけっして裕福ではなかったから、学生時代からアルバイトに明け暮れ、
そのあと残った僅かな時間で楽器の練習をした。
それでも、まあ人並みには練習したほうだと思う。
けれど、ほんとに若い頃から上手く吹きたいと思わなかった。
これは負け惜しみじゃない。
どんどん達者になって流暢によどみなく演奏する仲間やプロ奏者に、強烈に違和感を抱いていた。
若い頃は死ぬほど(この表現は大袈裟ではないと思う)さまざまな音楽を聴いて、
ことJAZZに関しては生半可な聴き方じゃなかった。
昔からあまり寝なくても平気だったので、何日も徹夜して涙を流しながら聴いた(笑)。
全部のパートを一緒に歌えるようになるまで何回でも聴いた。
でも、それほど感動しているのに、一般的に皆がやるコピーをして吹いてみると、
まったく面白くない。
感動がない。
その時思った。「そうか、オレじゃないからかぁ。」
「オレは職人になりたいんじゃない。」
19歳の春、旅が始まってしまった。

ここ数年は20代前半の頃の自分に負けないんじゃないか、という勢いで練習している。
仕事がない時はだいたいRHスタジオに行って何時間も吹いてくる。
ところが、最近は練習すればするほど「変」になっていく。
後から自虐的に何十回も聴き返すんだけど、もう、聴いていられないぐらい変だ(笑)。
いや、正直笑えない。
実際どんどんヘタクソになってきている気がする。
楽器始めたての若者のほうがよっぽど上手く吹くんじゃないかと思ったりもする。
でも、当たり前だ。上手くなりたくて練習してるんじゃないから。
また練習するようになったこの数年間に考えてきたこと、
自分の中に甦ってきた想いに、確実に寄り添っている。

人は誰にでも生活がある。
ぼくも何もしなくても生きていける恵まれた(?)人間じゃないから、
生活のために自分以外の人の音楽も演らなくちゃいけない。
そこではしっかりと演奏しなくちゃいけない。
幸いなことに今ぼくは音楽でなんとか食っていけているし、
関わっている人たちは心から愛すべき人たちで、ほんとうに仲間や友人に恵まれていると思う。
ぼくの愛している人たちの音楽は愛せるし、その人たちの音楽を共に膨らませるように、
自分が培ってきた技術や経験を精一杯発揮したい。
ほんの少し、ぼくのテイストを加味して。
でも、人間には常に相対的な側面と絶対的な側面がある。
その間には矛盾が生じる。
たとえば、今ぼくの中に響いているものをどんな場面でも思う存分に鳴らしたら、
間違いなくほとんどの人が耳を塞ぎ、ぼくは職をなくし路頭に迷うと思う。
だからといってその心の内側を封印してしまって、その表現を押し殺したら、
結局ぼくは死んでいることと同じになってしまう。
どちらにしても生きていけないのか。
じゃあどうする?
ぼくは小さい頃に特殊な大病を患って親からも周りからも長生きできないと思われていたし、
実際そう言われて育ったから、子供の頃から「死」がとてもリアルで、反動で「生」にすごく執着があった。
でも、それらすべては逃れられないでっかいもののような気がして、漠然と「あきらめ」があった。
ところが生きながらえて世の中に放り出された。
好きに生きろと言われた。
きっと、実感が欲しくて音楽にしがみついたんだと思う。
だから執着した。
ぼくのそれからの20年間はその自分の心のバランスを保ち、その上で生き抜いていく術を見出す、
その葛藤と模索の時期だったと思う。
でも、そんな時期にほんとうに素晴らしい出会い、経験があり、作品を創ってくることができたと思うし、
素晴らしい人たちに関わってこられた。
自画自賛と言われてもいい。
ほんとに嬉しいことだ。
だってそれは誰のおかげでもない、そこで必死に格闘してきたぼくと仲間の努力の成果だ。
そして、だからこそぼくはこれからもっと自分のために音楽をしたいと思うようになった。
もう、蓄える必要はないと思う。
ほんとうは最初から蓄える必要なんてなかった。
やっぱりぼくは職人になりたいんじゃない。
今日は自分に負けずに演れるんだろうか?と身が縮む思いで演奏に臨み、
守るものがないからこそ何かを得て、そういう裸の自分を笑える。
そんな人でいたい。


これは、ぼく自身に対する「さよなら」の手紙だ。
べつに大したことじゃない。せっかくこういう場があるから言っとこう、と。
やっと、焦点が合ってきたから。
忘れないように。
昨日のことも覚えていられないぼくだから。
公言しておけば、そう簡単にケツまくれないから。
だからってべつに何か目指すものがあるわけでもない。
やっと、ほんとうに「ふつう」になれる気がしているだけだ。
やっと、ぼく自身を自由に生きられそうな気がしている。
今よりもっとキツいところに行こうとしているだけだ。


Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #12 (updated 2005/2/7)

JUJU's Lounge #11

永らくごぶさたしていました。
なかなかいいタイミングで文章を書く時間もなく、今に至る次第で。

-楽器の話-
ここのところずっと考えていたことがついに弾けて、楽器買おうかな、と。
普通に考えれば大したことじゃないように見えますが・・。
なにしろ、まず楽器やそれに関わるアクセサリー類等、めったに買いません。
「ワイはこれ一本で勝負や~、ワイのウタはこれで十分やで~!」
というようなブルージーでビューティフルなタイプではなかったので、
ソプラノ、アルト、テナー、バリトン、フルートと気がつけば集まってしまいましたが、
それもここ20年間で1本ずつです。
アルトに至っては買ったことすらありません。貰い物でした。
つまり、小学生の時から吹いていたフルートを最近換えた以外は買い換えたことがないのです。
マウスピースも2,3個ずつしか買ったことがない有様です。
そんなヤツがいまさら、しかも「アルト」を買う・・、これは平凡な日常における大事件です。
なぜそんなことになったかは後述するとして・・・。

昔からビンテージ楽器にそれほど興味を惹かれない性質なので、できれば新品の良い楽器がよかったのです。
それを吹いて育てる感じが好きです。
そりゃ、「成熟したもの」のほうが「それっぽい」ですけど。
何でもね。
ビンテージ楽器は「それっぽい」音がするし、楽器が軽い。
変な癖のついていない状態のいいモノを探せばいい。
中古車と一緒ですね。
しかし、高い。ホントに高くなりました。
ビンテージ楽器をコロがして商売している人、さぞ儲かってるでしょう。
その点、新品はまだ安い。
でも、この「新品の良い楽器」がなかなか無いのです。
新品は音程やバランスは非常にいいのですが、どうしても「べちゃっ」としています。
「べちゃっ」というのはだらしがないのではなく、音が前に出てこない感じです。
その点、「成熟したもの」は吹くとがんばってる感じがない。
力が抜けてるというか芯が聴こえる感じでしょうか。
実際、使いこんだ古い楽器は金属が変化して力が抜けてくるんじゃないかと思ったりします。
サックスは特に肉厚ですから。あとは塗装の違いでしょうか?
人と一緒かもしれません。
そういえばわたしのテナーやソプラノは約20年前に新品で買いましたが、
わたしが「チョーシブいナイスなイケてるオジサン」になるのと共に、最近シブい音色になってきています。

しかし昔からほとんど楽器屋さんに行くことの無いわたしは、
(どうも楽器屋さんに行くといろいろなものに圧倒されて変な汗をかいてしまう)、
いざ思い立っても最近の楽器も吹いたことがなく、種類も値段もわからず戸惑っていました・・。

そんな時、知り合いの吉村くんという素晴らしいサックス奏者に最近いい楽器がないかと聞いたところ、
「大阪に新品で良さげなブツがありまっせ~」という情報をいただき、
それならばと急遽、「大阪・飛行機・日帰り・楽器購入(予定)ツアー」を敢行しました・・。
しかし、なんで行きも帰りも飛行機だったんだろう・・・?結論から云いますと、「素晴らすぃ~。」
まだちょっと若い音ですが、とてもいい楽器に出会えました。
楽器はどこまでいっても道具ですから、わたしはストレスなく使いやすいものが好きです。
もちろん音色や吹き応え等いろいろな要求をクリアした上での話ですが。
ちなみにこのH.Pの冒頭で流れているアルトの音は1900年代初期のコーンらしき(?)楽器です。
この楽器、所有してから10年ほど経ちますが、ちゃんと調べていないので未だにメーカーは断定できていません。
別にメーカーはなんでもいいんです。
たまたま人から譲り受けたもので、音は好きなのですが疲れる。
しばらく演奏すると手が攣りそうになります。
演奏する時に楽器のことを考えながら演るというのは、実に苦痛です。
・・・まあ、とにかく新品でいいブツが手に入りました。

・・・自分はつくづく無精者で、めんどくさがりでは誰にも負けないんではないかと思います。
演奏時もこの曲はテナー、あれはソプラノとか考えてるだけで、もうめんどくさい。
それなのになぜ、もう1本選択肢を増やしてしまったのかというと・・・。

・・・どうも最近サックスが好きになってきたんではないか、と。
実を云うと正直な話、この数年間この楽器はイヤだな~と思っていました。
ホントです。
理由はいろいろあるのですが。
でも最近また、この楽器が好きになってきたような気がします。
そうしたら、わたしの「耳障りの代名詞」であったアルトがむしょうに欲しくなりました。
ちゃんと吹いてみたくなりました。

もう一つの理由、
それは・・・『楽器は適度に小さく軽いほうが楽。』
これは大変な発見でした。
なぜこれまでこんなことに気づかなかったのか?
きっと他のことに気をとられていたんでしょう。
アルトが簡単だと云ってるんじゃありません。むしろ難しいかもしれない。
なにをやっても、なにを使ってもその人が同じなら目的地は同じでしょう。
もう楽器はなんでもいいのかもしれません。今回はフツーに楽器の話をしてしまいました。
まあ、たまにはいいじゃないか。


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三木楽器や大阪YAMAHAの方々、ほんとうにお世話になりました。
どうもありがとうございました。


Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #11 (updated 2004/9/9)

JUJU's Lounge #10

ネタンダーズの新譜が完成しました。
全国一斉発売は7/7、その前にタワーレコードでの先行発売が6/9からとのこと。
最近はネタンダーズ自体活動が少なかったし、わたしも一度バンドを抜けたので(笑)、
なんだか実感が無いですがスタジオ・レコーディングはなんと6年ぶりらしい。
で、振り返ってみると最初のアルバムのレコ発からだから、ネタンダーズに加入してから
のべ10年近く経っていました・・・。
いや~、なんと云うか・・・。早いもんです、月日が流れるのは・・・。
最新作は2枚組全14曲で、内容はと云うと・・・、聴いていただけば判ると思います。
ネタンダーズの音楽をジャンルで説明することは困難なので、どういう方にお薦めとは云えませんから
興味のある方はみなさんぜひ聴いてみていただきたいです。
ネタンダーズは「ウタもの」です。インストもありますが。
ギター・フリークは多くの信者を持つ我らがツカモトイサオの新録、迷わず聴くべきでしょう。
これまでのネタンダーズは多重録音というやり方はいっさいありませんでしたが、 今回、管は全曲重ねています。
自分以外の人がアレンジした音に加われば、サウンドにその人の解釈、テイストが注入されますが、
今回は完全に独りなので、ピッチやトーン等によるビミョーな管の響かせ方の違いなどおもしろかったです。
ただ、ネタンダーズの音楽はまったくそういうことを聴いてもらうような音楽ではありませんので、
そこんとこよろしく。
また、これまではテナーとフルート以外は演りませんでしたが、今回は仕方なく持ってるもん全部使いました(笑)。
以前はライブの本数が非常に多いバンドだったので、アルバムはライブで出来上がったものを
一発録りするような感覚でしたが、今回はまったく白紙の状態でスタジオ入りしていたので新鮮でした。
いいアルバムになったと思います。
あいかわらずメンバーも素晴らしい。他では聴けない音を持った人たちです。
10年経っても変わらず、さらに「いなたい」音です。
わたし自身もネタンダーズで演るときはここでしかない演奏をしている気がします。
そんなネタンダーズ・マジックをぜひ体験してみていただきたい。


サキソフォビアの新譜が出てから早1年が経ちました。
サキソフォビアを支えてくださるファンのみなさんからは、すでに次のアルバム云々というお話もあったりしますが、
なかなか新録というのも難しいものです。
しかし、実は最近サキソフォビアが全面参加しているアルバムがあります。
[Our Love to Stay]というアーティストのミニ・アルバム及びシングルです。
こちらも「ウタもの」です。
バンドのメンバーも素晴らしいしサキソフォビア以外のサイドメンも素晴らしい。
のびのびとした歌と本物のビッグ・バンド・サウンドが聴けると思います。
もちろんサキソフォビアとバンドのみの演奏もあります。
アレンジは我らが天才、オカマコトがほぼ全面的に手がけています。
おかちん、おつかれさま。
プロデュースは『やわらかな夜』で[orange pekoe]とサキソフォビアをひき合わせてくれたURU氏。
マニアもそうでない方もぜひ。

今回はなんだかふつうに宣伝活動してしまいました。
まあ、たまにはいいじゃないか。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #10 (updated 2004/05/23)

JUJU's Lounge #09

突然ですが、ホントはそういうカラダになりたいとは思わないのです。

そういうカラダとは鍛え上げたカラダです。
でも若かりし頃、そういうカラダをしていた時期がありました。
とても強そうでしたが、鍛えたわけではありませんでしたし、そうなりたかった訳でもありません。
その時代の記憶の反動でしょうか、肉体美=重労働という、
このご時世にはナンセンスな過去の遺物のような思考が未だ拭いきれないのでしょうか、
頑強なカラダの人を見るとなぜか妙な違和感を感じたりします。
幼い頃、入院生活が長かったわたしは今でも病院へ行くとその「におい」に涙腺がうるうるして、
なんとも切ない気分になります。それと似た感覚なのでしょうか?

今、世の中は「カラダ」ブームでしょう。
ちょっと違う意味で、わたしにも年齢と体力減退からプチ・カラダ・ブームきてます。
急に腰や膝が痛くなるという切なさをもう味わいたくないという、余裕のないマイ・ブームです。


いろいろなことが飽和しだして、人がより本能的になってきたのでしょうか。
本来、強いオスが美しいメスをゲットできるという本能。
たしかに最近の格闘技ブームとそれに熱狂する女性を見ると納得するものがあります。
世の女性たちはだらしなく弱々しいオトコにうんざりしたのでしょうか。
でも、人間のオトコとは本来だらしなさと切なさが性分である気がします。
しかしオトコ自身がそれを忘れてしまったのかもしれません。
もはや必死にカラダを鍛えてそこに「美」を見出そうとするオトコと
そんなオトコに「美」を見出そうとするオンナ。

しかし、究極の弱々しさと切なさに「美」を追い求める、オトコはいないのか・・。
オトコのだらしなさをたしなめ「美」を甦らせて包容するオンナはいないのか・・。


ミュージシャンでも特に某国のみなさん、スゴいカラダをしてます。
観てると、強そうです。
最近の××××映画を観て逞しいカラダをしていない人はほとんどいません。
その主人公が悪党どもをバッタバッタと皆殺し、ハッピーエンド(笑)という伝統的手法も変わらず。
日本人と西洋人ではカラダのつくりが違うのでしょうが、明らかに造ったカラダのようです。
健康維持とは直接的に関わりなさそうです。
一般人でも、ある程度の生活レベル以上の人たちは鍛えることがステイタスの1つのようですし。
やはり「世界の警察」を無意識にでも体現しているのでしょうか(笑)。
それとも鍛えていないと不安なんでしょうか。
どんどん鍛えて、どんどん銃を買う。
自由という体裁のおかげで何かにおびえて鍵をたくさんかけなきゃ眠れない。。
捨てた飼い犬に突然手を咬まれて、外にも別の世界があると思い出す。
行き場のない強迫観念と集団ヒステリーなんでしょうか。
最も開かれたように観せている最も閉ざされた国。

でも、ホントにいい人が多いみたいです(笑)。
いや、ホントに。

また話が脱線しました。

しかし最近、ホントにすごいカラダをしてる人とか見ると、ちょっとさわってみたくなりますね。
それは芸術品に触れるときのような悦びと恍惚なんでしょうか?
以前、某美術館で2メートル大のオブジェを撫で回していた時を思い出します。
学芸員におびえた目でやめてください、と云われました。

ちょっとキモチわるく聞こえるかもしれませんが、
わたしが今でも最も美しかったと思うのは、あの遠い日の北海道の大地で汗にまみれ、泥にまみれて働く
キラキラと輝いていたオジサンたちの本物のカラダです。
いろいろな意味で、この人たちには敵わないと思いました。
なんとも、普通の人たちでした。強くて弱くて大きくて小さい、みたいな。


まぁ、とにかくマンネン運動不足なわけですから、具合が悪くならない程度には鍛えつつ、
二の腕まるだしTシャツが似合ってしまわない程度にとどめる、ってとこでしょうか。
とりあえずは。

未完

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #9 (updated 2004/04/11)

JUJU's Lounge #08

ホームページにアップしたサウンド・トラックについてのお話。

このホームページでは、スケジュールは自分のバンドか長い期間続くものしか掲載していません。
仙人ではないので霞を食って生きているわけではないですから演奏は日々演っているのですが、
思うところがあってスケジュール掲載は限定しています。
なので、このホームページ上でスケジュールが確認できるのは基本的に「自分のバンド」ということになります。
ただ、自分のバンドはレコ発もひと段落、現在それほどライブ本数は入れてません。
なにを云いたいのかといいますと・・・。

そんなこんなで過ごしていましたところ最近、 ・自己バンド以外であなたの演奏を聴くにはどうすればいいんですか?
・普段何をやってるんですか?
・なんか、雰囲気怪しくないですか?
・歳いくつなんですか?
・最近、顔むくんでないですか?
・やる気ありますか?
・ジャージでうろついてんの観ました、油断してませんか・・・。
・・・等々のメッセージがチラホラと舞い込んでくるようになりました。
貴重なご意見、ご質問ありがとうございます。
そこで急遽、サックス奏者っぽいトラックを用意しました。

自分でもサウンド・トラックは創るのですが、今回は時間がまったくとれなかったこともあり、
それならいっそのことと思い、最近一緒に仕事をさせてもらっているmo'doo-にアイデアを説明して
トラック制作をお願いしたところ、シンプルで素晴らしいトラックをあっという間に用意してくれました。
機会があれば一緒にアルバム一枚創ってみたいと思う人たちです。
ほんとうに、ありがとう。
ただ、どうせやるならライブ演奏もアップしたいと思い音源を探したところ、
たまたま年末のセッションの生録音源が見つかり(というか、お客さんからいただいたものですが・・)、
これが実に好みな音質の悪さで、しかも共演している御三方 {野本晴美(p)、納浩一(eb)、本田珠也(ds)}が
素晴らしい演奏なので、これに決定しました。
幸運にも各々リーダーでもある御三方に音源をアップすることを快諾していただき、
実にライブな音を立ち上げることができました。
曲はマイルズの「ディレクションズ」です、たしか・・・。

演奏のほうは、どれもかなり現在の「素」だと思います。
普段のバンドでの演奏とは違う感じに聴こえるかもしれませんが
バンドは「バランス」が重要ですし、
自分のやっているバンドは最高の素晴らしいソリストが揃っていると思っていますので、
なにも自分がでしゃばる必要もないのです。
吹き倒したいわけでもありませんし。
決して普段手を抜いているわけではありませんので、あしからず。

・・・しかし不思議で便利な時代になりました。
インターネットで音楽が聴けるなんて・・・。
画が動くなんて・・・。
今回も尽力してくれたパピヨンにもお礼を云いたいです。

しかし、音楽はやはり「バイブレーション」であり、「ライブ」だと思います。
今後は少しずつでもその日その時のシーンで、聴こえてくるものをもっと自由に吹く、
音楽のより良い「媒体」としての自分である環境もつくっていければと思っています。
そんときゃ、よろしく。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #8 (updated 2004/04/11)

JUJU's Lounge #07

新年明けましておめでとうございます。

と、誰に云っているのか分かりませんが。
これまでお世話になった方々、そしてこれからお世話になる方々に。
みなさんに。
さて、まずは今年の抱負から。

今年はカラダを鍛えようかと思います。
それも、どっちかっていうとムキムキしている人になろうかと。

本来、わたしは鍛えるのが好きではありません。
鍛えてる人がイヤなのではなくて、説明しがたいほどのめんどくさがり屋なのです。
よほどの事がない限り、興味のないことにはいっさい関わりません。
でも、腰が痛いのです。
去年の暮れ、忙しい最中、数年ぶりに腰が爆発しました。
ひさびさの激痛に貧血を起こして病院で倒れたほどです。
その日以来、今日までコルセットのお世話になりながら演奏する日々です。
仕事までキャンセルする羽目になるとは・・。
「人さまにご迷惑をかけるのだけは、それだけは止めろ」という親の言葉がアタマをよぎりました。
なぜ同じ轍を踏むのか、もう、こんな情けない自分とは「さよなら」しようと思いました。
医者には「過労ですね、くれぐれも安静に。」と云われ、そんなわけがないと思い、
自ら不摂生と呑み過ぎであろうという結論に達しました。
鏡に映ったいびつに歪んだ自分のカラダを見てわたしは思いました。
「酒を控えて、頑丈なカラダをつくろう。そういえば、『健全な音は健全な精神にのみ宿る』って、
昔、頑丈なカラダの偉大な黒人が云ってたらしいし。」
「いままで云いわけをしてきたすべての生活習慣の抜本的改正を断行しよう。」
そうココロに誓いました。

昨年は大晦日までなかなかタイトなスケジュールで、
大晦日には「今年最後」と意味不明な理由づけと気のゆるみから
愛するミュージシャンの仲間やお世話になった方々などと演奏半ばからと呑み過ぎてしまい、
気づけば朝。それから早朝の初詣。
わたしは思いました。
「オレは節制するって誓ったはずだ。これじゃ、親にあわす顔がない。」

正月はなかなか仕事のキリがつかず、実家に顔を出すのが遅れてしまいました。
鍛えるどころか、寝不足でますます具合が悪い気がしました。
実家に謝りの電話をいれると母に「忙しいなら仕方ないけど、用意したものもあるしねぇ・・。」と云われ、
そうか、やはりこういうときは自分の都合より親の気持ちを大事にしなくてはいけないと思い、
「わかった、せっかくだからすぐに行くよ。」と云うと、ひさびさの母の手料理を楽しみに実家へと向かいました。
実家に着くと、じつに日常的な食卓の真ん中に日本酒の一升瓶がそびえ立っています。
すると両親はうれしそうに笑いながら、「まだ焼酎もあるよ、あ、最初はビールにする?」と云います。
その夜、わたしはひさびさに観るテレビを肴に朝まで呑み明かしました。

今年最初の酒は、ちょっぴり涙の味がしました。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #7 (updated 2004/01/15)

JUJU's Lounge #06

ひさしぶりだ。
いろいろあったが、ほとんど忘れた。
たまには日めくりダイジェスト版もいいかも、ということで。
たぶん、仕事以外の話。

-某月某日-
―初めて『東京ディズニー・シー』へ行った。
いや、遊びに行ったわけではなく、告知している自分のライブにはほぼ皆勤賞で来てくれる
常連客のTくんがめでたくご結婚されるということで、その結婚披露パーティーでの演奏を頼まれた。
めでたい、めでたい。
Tくん、Mさんご夫妻、ほんとうにおめでとう。
ところでその会場がディズニー・シー内の豪華ホテル。
いや~、すごい。 豪華絢爛であり、その周囲ももはや異国の風情。
しかし「ディズニー・ランド」には以前にも数回行っているが、
いつも思うのはこの場所の「シアワセ」度。
待つ、並ぶということが苦手で、どんなに美味いものでも並んでまで食うヤツの気が知れないと
常日頃思っているので、「ディズニー・ランド」のアトラクションを並んで待つなどということは
何度行ってもかなり挑戦なのだ。
炎天下の夏の日や寒風吹きすさぶ冬の日、人気のアトラクションなら一時間待ちは当たり前。
来たからにはタダで帰るわけにも行かない、とぶつくさ云いながら並んでいると、
やっと順番が巡ってくる。
ため息混じりに中へ入るが、なぜかそのうち気分が高揚してホンワカした気持ちで出てくる。
なんだか、また次の場所で並ぶ。
う~ん、やっぱり並ぶのはかったるいが何か、自身期待しているフシあり。
そうこうして帰る頃にはかなりの疲労感とけっこうな充実感。
そんな自分を不思議がりながら甥っ子たちのお供をしたりして更に何回か通ううちに、
ほぼ全てのアトラクションを制覇したディズニー好きのオジサンになってしまった。
「エレクトリカル・パレード」を観て、夜のとばりをいいことにひとすじの涙を流していたオジサンは
自分だけではないはず。
思うに、並んでいることからすでにアトラクションは始まっているんだろう。
よくよく見ると並んでいる間も飽きのこないように、所々にさりげなく演出がされているようだ。
並ぶことで徐々に期待が高まり、遂にそれを体験した時、人々は目的を達成した充足感に打ち震える・・。
これは炎天下の夏の日や寒風吹きすさぶ冬の日、マズいラーメンを並んで食う人々にも当てはまると思う。
話が脱線した。
しかしこの「東京ディズニー・リゾート」、
とても日本の一般企業が経営する遊園地とは思えない。
・・・「ゆうえんち」?
何に驚くってその敷地の広大さ。
これは「町」だ。
最高にバブリーで魅惑的で幻のような「町」。
確かにこの「ディズニー・リゾート」という町に来れば、浮世の荒波も一時忘れられそうだ。
不景気に苦しむ世間のOL、主婦、そのとばっちりをくらうガキたち、引率お父さんのネバーランド。
この「町」に不景気という言葉は縁がない。
聞くところによると欧米では「ディズニーランド」へ遊びに行ってもそこでキャラクター・グッズを買い漁るという
慣習はあまり無いらしく、本家「ディズニー」と契約を交わした日本の企業はキャラクター・グッズに関して
とても有利なロイヤリティー契約を結び、結果、キャラクター・グッズの売り上げでボロ儲けらしいという話。
・・って、人から聞いた話でなにも力説することもないが。
京葉線は今日も満杯のディズニーの袋を持った人々でいっぱいなんだろう。
そういえば一時期ハマった、ミッキー&ドナルド・グッズ・・。
我、ニッポンジンなり。
まあ、そんなことはいいとして。 たまにしか演る機会はないのだが、ブライダル・パーティーでの演奏は楽しい。
そこにいる人々、場所全体がもれなくシアワセな空気で満ちている。
そんな環境は滅多にない。こちらもあたたかな気持ちになってくる。
これから結婚される方々、いつでもどこでも当方ブライダル専門バンド『ドリーム・チーム』が
お電話一本、最高のメンバーで貴方のパーティーを盛り上げます・・。
この日は司会のお姉さんがキレイだったこともあり、なかなか感慨深い一日であった。

-某月某日-
―サックスのOとベースのSとK.Hのバンドを聴きにブルーノートへ行った。
今回は「DEEP RUMBA 」ではなく、「CONJURE」というプロジェクト。
I.Rという黒人詩人とのコラボレーションでとてもニューヨークなカンジのサウンド。
たいへん楽しかったのだが、なんといってもこの日の「当たり」はバイオリンのヤツ。
今、名前を調べたらB.Bというヤツだった。
サックスのD.Mが飛行機に乗り遅れて欠場してたが、はっきり云ってB.Bが居れば要らない。
なんか演奏とかよくわからないんだけど、そのテンションの高さと「いてまえ」なカンジ。
久々に勢い一発のヤツを観た。一人勝ち。
OとSと三人で終始笑いが止まらなかった。
リズム隊はK.H御用達メンバーで、そのサウンドは多様でラテンであったりハード・ロック調であったり
ブルーズであったりなのだが、非常にいきいきとして楽しい。
ところが1シーン、4ビートになる場面で突然バンドが見る影も無いほど萎縮した。
3人で顔を見合す。
いったい、4ビートとは現在の音楽シーンでどういう存在なんだろう。
本来、とてもオープンで自由度の高い音楽性のはずなのに。
確かにリズム隊はジャズ・ミュージシャンではなかったが、そんなことは関係ない。
その瞬間、ミュージシャンが、音楽が萎縮したことが問題なのだ。
当の本人、K.Hはいつも通り何もしないで呑みながらミュージシャンにたまに指示を出すだけ。
その姿はけっこうおもろい。
しかし、唯一変わったことがあった。
強力に太っていた。
云ってみれば典型的アメリカ人。
そして演奏が終わる前に引っ込んでしまい、店のYに聞くとすでに控え室で寝ているとのこと。
嗚呼、黄昏の肥満大国アメリカ。

-某月某日-
―ホントにひさびさベースのAと呑んだ。
数年前まではしょっちゅう一緒に呑んだくれていたのに、今や彼も所帯持ち。
すっかり落ち着いたようでご無沙汰していたのだが、
前月に久しぶりに一緒に演ってこちらの顔を思い出したか、お誘いの電話。
恵比寿のビア・ホールで待ち合わせ。
少し遅れて到着するとA夫妻に彼のCDのレーベル社長ご夫妻という顔ぶれ。
ふと見るとテーブルにはヒトの太もも、そのままのような真っ白い巨大な肉の塊りがあり、
暫し呆然とする。
どう見ても食い物には見えない。人間とはスゴい。
食い物だという認識をしてしまえばなんでも食ってしまう。
さらに例えば、○○の丸焼き、××の活き造り、△△の踊り食い、etc.・・。
こういう調理法は食事にどういう快楽を付加しているんだろう。
その原型を誇示したからといって味が変わるとは思えない。
「うわっ、まだ生きてるよ、この魚、口をパクパクしてる。」
「いや~ん、気持ちわ~る~ぃ~。」
この手の会話は終始薄ら笑いと共にあり、最後は美味いと云って食う。
明らかにそのままの姿で調理されたものや、調理されて、しかし未だ動いているもの、
さらには生きたまま食らうことの残酷性に意味があるのだろう。
原始的な生活圏での祝祭性とは結びつかない。
ジャングルの奥地で捕らえたブタを丸焼きにして食らう人々と、
レストランで丸焼きにされたブタを見て一瞬ひきながらも恍惚の表情を浮かべる人々とは
快楽のツボが違う気がする。
そういえば最近、都会ではブタをペットにする人がいるらしいがその食卓が気になるところだ。
隣にいる最愛のブタちゃんを愛でながら食らう、ブタのしょうが焼きの想像を絶する恍惚の味。
・・いや、まさかブタは食わないな、うん。ペットなんだから。
家族なんだから。
話が大きく脱線した。
菜食のわたしは太ももを眼前にサラダとチップス。
お互いに新譜を出したばかりということもあり、双方の新譜の感想を語り合う。
まあ、ようするにヨイショと自画自賛のコール&レスポンス。
その後、元キャロルのUさんご夫妻と恵比寿の焼酎専門店で合流してまったりと盛り上がった。
そういえば下北沢にもあるな、不思議な焼酎専門バーが。

-某月某日-
―友人の誘いで「東京JAZZ」というジャズ・フェスを体験した。
12時頃の開場らしかったが当然間に合うわけもなく16時頃到着。
友人たちはアリーナ席にいたが、下には降りず客のまばらなスタンドで観た。
しかし客がいない。
たしかにジャズはマイノリティーかもしれないが、ジャズ・フェスとはいっても出ているのは
コテコテのジャズ・ミュージシャン(?)ではなく、いちおうキラ星スターの方々。
まさかあれほどの寂しさとは。
子どもの頃行ったパ・リーグのデイ・ゲームを思い出した。
そこでJ.Rを聴いた。
彼のことはM.NやDお父さんのCDでちょこっと聴いただけ。
前夜に今回のバンドはベースレスのサックス・トリオなんて友人に聞かされていたから、
スターである彼を初体験するのと相まってなんだかヒップなサウンドを期待していたのだが、
始まってみれば何のことはない、ずっとベースが鳴っている。
キーボードがずっと左手でベースらしい。
それもベースがいるのかと思うほどすごくベースっぽい。
・・・・。
気をとり直して聴く。
しかし、なんと生真面目な音が飛び出すことか。
4ビートであろうがファンク・ビートであろうが変拍子であろうが、汗やヨダレとは無縁な佇まい。
ぐにゃぐにゃしたカンジが皆無。最近の音楽の典型だろう。
この日は猛暑。
ステージ後半、シャツを脱ぎ捨て、上半身はだかで熱演するが汚くない。 いや、キレイかも。
ふと、すぐ前方に目をやると、大学生ジャズ研らしき一行が同じく上半身はだかで盛り上がっている。
大画面に映し出されるJ.Rのはだかと若者たちのはだか。
交互に目をやる。
同じ人類とは思えない。
キミたち、ジャズが好きなら、アメリカが好きなら、 まずはカラダを鍛えなさい。
MCが始まると、その言葉のトーンのインテレクチュアルなこと。
これが現在のジャズ、現在のアメリカのジャズ・ミュージシャンなのだとあらためて感じる。
ジャズと呼ばれる音楽の大半は、クラシックのようにその歴史の中で再現芸術としての
時代を迎えたんだな、などとしみじみ思いながらビールを呑み過ぎて、
H.H・トリオで睡魔がお迎え。
目が覚めるとジャズの歌姫D.Kに代わり急遽、ソウルの歌姫C.Kが出演
H.Hがまったくフォローしないと気づいてからのC.Kはスゴかった。
そういえば先々週、同じホテルだった。よく来るのね。
R.Bも初めて聴いた。
驚いた。
かなりスゴい。ベースも上手いがそれよりも断然、歌がスゴい。
Sはやっぱり、よかった。
リアルだ。
残念ながらY.Nは聴けなかった。
よく聴いたなぁ、『set』。

-某月某日-
―月末は高円寺阿波踊り。
ここ2年ほど阿波踊りの日は馴染みの韓国料理屋で店の外にテーブルを出してもらい、
なぜか某ロック(?)バンドのGたちと踊りを眺めながら呑み食らうというのが恒例になってしまった。
しかし祭りはいい。
仮死状態の現代人に最も必要なシーンのひとつだと思う。
いや~、ホントに祭りはいいなぁ。うん、イイよ・・。
と、気持ちよくなり、この夜は酩酊状態。
その後ぬる燗が呑みたくなり、店を替えて沈没。
翌朝起きて、深く反省。
しかし韓国料理「Y」は美味い。家庭料理なのだが大久保あたりの半額近い値段だろう。
ここで呑む「ピョンヤン焼酎」にかなりハマっている。
そしてこの店の看板犬「ポギ」。モーレツにかわいい。
実を云うと頻繁に「Y」に通うのは、半分はこのコに会いたいからだ。


・・ここまで書いて思ったのだが、これじゃまるでできそこないの夏休みの日記だ。
本日は終了。

どんどん忘れる・・。まあ、いい。
過ぎたことだ。

目標は明日の朝も目が覚めること。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #6 (updated 2003/10/28)

JUJU's Lounge #05

―その壱―
最近、引越しをした。
今年に入ってから二度目の引越しだ。
なかなか良い所で、必要以上にのんびりしている。
まあまあ広いし、なにより静かなのだ。
都心部で大きな街道からわずか二十メートルほど入った所とは思えない静けさ。
テレビも無いので昼間は庭の紫陽花をながめて、ボーっとしている。
まあ、強いて難点をあげれば静かすぎて楽器の音が出せないことくらいか。
しかし、それがどうしたってぇんだ?
舌がにぶらない程度には貸しスタジオや公園にでも行って練習すればいいんでさぁ。
毎日、家でスケール練習やフレーズの練習しているうちに、短い浮世が終わってしまいますぜ。
フレーズなんて忘れかけてつっかかるくらいがファンキーでいいんでぃ。
逢い引きする前から家で計画練って、ぺらぺらぺらぺら喋るような男はお好きかぃ?
いつ何時会っても同じことを、うだうだうだうだ言ってるような男はお好きかぃ?

どうせ鬼のように練習するならば、どうせ男に生まれてきたからにゃ、
生まれてこの方、聴いたことのないメロディーを。


―その弐―
最近、引越しをした。
今年最初の引越しだった。
なかなか良い所だと思った。
それほど狭くないし、キレイだと思った。
まあ、大きい街道から少し入ったところでそんなに静かではなかったが。
そんなことより、むしょうに、もう、強力に練習がしたかった。
たぶん、何かを欲していた。
それで楽器演奏可のマンションに入居したのだ。
楽器可でそこそこの家賃、鉄筋コンクリートでタイル張り外壁のこのマンション、
さぞやしっかりした造りかと思いきや・・。

入居して四日目、やっと仕事から帰って初の寝床。
疲れていたのでちょっと早かったが寝ることにした。
うとうとして、まさに寝入る・・と、突然、もの凄い雄叫びが!
ビックリして飛び起き、テレビかと思ったが・・・考えてみればテレビは無い。
寝ぼけて状況判断できず、暫し呆然・・。
するとまたもや雄叫びが!しかも絵にも描けそうな凄いビブラ~トをたたえて!
―何じゃ、こりゃ?―
・・・となりの音大生らしき太った男の三半規管直撃の声だった。
しかもそれが、ふすま一枚隔てたとしか思えない音量と明瞭さで聴こえてくる。
(決して誇大表現ではない。手抜き工事の欠陥住宅だった。となりの屁まで聞こえた。)
お決まりの発声練習から歌曲、オペラ、「もののけ姫」、果てはカウンター・テナーばりの
ハイ・トーン・ヴォイスで、「・・かわいい、かわいい、○○○ちゃん・・」と得体の知れない不気味なウタを、
伊達に声楽やってませんとばかりの声量でウタうのだ。
驚いたと同時に心底戸惑った、としか言いようがない。
時計を見れば深夜の十二時・・。
これが毎日続いた。


―その参―
ひと月後、上の階に若者が入居した。
昼。
彼は起きるとまず、ボン・ジョビ(古いか?)のようなウタを、
アタマがハゲてしまいそうなくらいのカナきり・ハイ・トーンでウタう。
あれ、B'zだったのかもなぁ。
夜。
帰ってきた彼はエ(癡レピでAの音を弾き、特大の低い地声で「ア゛ァ゛~!ア゛ァ゛~!」と唸り続ける。
(遠い昔、武蔵小金井のポルノ映画館で観た、タイトルは言えない変態オバサンのポルノを思い出した。)
夕食後はハマショウばりの(ハマショウさん、すみません。)バラッドを深夜まで延々とウタう。
これがベニヤ板一枚隔てたとしか思えないほどの騒音として頭の上から降ってくる。
忘れては困るが、この間、「となりのもののけ姫」はもちろん終始、熱唱、大熱演。
我が家は動物園的SM的立体的ステレオ・サラウンド状態。
云わば、生SACD。
これが毎日続いた。


―その四―
何度か殺さんばかりの勢いで怒鳴り込み、さすがに夜中にウタうのは止めたが、
まあ、考えてみれば奴らもウタいたい一心で入居している連中。
我慢できない奴が出て行くのがルールだろう。
また家探しを始めた。

やっと次の引越しを決めて家の片付けを始めた頃、
奴らはとり憑かれたように、相変わらずウタいまくっていた。
女やセックスのことなんて、まるで忘れてしまったかのような勢いで。
旨い韓国料理や地中海料理、安い日本酒の味や塩豆大福のことなんて気にもならないように。
そんなヒマなさそうなのがよくわかる色気のない、青いウタだった。
(遠い昔、清瀬のポルノ映画館で観た、「未亡人下宿シリーズ」の浪人生の前戯のないセックスを思い出した。)
その頃には奴らを聴く余裕もできていた。
真剣なんだろう、と思った。音楽が好きで、毎日必死に練習しているのは充分わかった。
若さの勢いだろう、何時間でもウタっていた。
自分のウタが青く強引で、それが若さのせいではないことには気付いてなさそうだった。
だが、夜な夜な酒を片手にただうんちく語っている奴らよりはよっぽどマシだ。(私のことか?)
何も考えずに毎晩演奏しているのと同じことだ。
納得いくまでとことんやればいい。
もしかすると、いつか成功したらいろんなものが手に入ると思っているのかもしれない。
名声、自信、信用、成熟、確信、名誉・・・女、金、ベンツにジャガーに金無垢ロレックスにマイホーム。
たぶん、みんな、何者かに成りたいのだろう。


―その伍―
マンションの部屋に一人座り込み、しばらく奴らのウタを聴いていたが、
ふと我に返ると、なんだかおかしくなって笑いがこみ上げてきた。
いったい、自分はどれくらいの時間を生きるのだろう。
それはどれほどの瞬間の連続なんだろう。
まだ何も始まっていない、生まれていないのかもしれない。
すでに下り坂を迎え、くたびれて転がり始めているのかもしれない。
毎日生まれて、毎日死ぬ。
人としての自覚。
機械としての自覚。
すべては「まぼろし」かもしれない。

敬愛する、故・岡本太郎氏の言葉を思い出した。
『今がすべてだ。いずれ有るものならば、今、必ず有る。今、無いものならば将来にも絶対に無い。』

求め続ければ、いつの日か消えてしまえるのか。
音の無い、色彩の無い、強烈な世界へ。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #5 (updated 2003/7/12)

JUJU's Lounge #04

サキソフォビアの新譜がやっと発売された。
前作から早3年、世界中が待ち焦がれたセカンド・アルバム。
その内容はといえば・・・、聴いていただければわかる。

今回のアルバムのプロデュース&エンジニアリングはセイゲン・オノ氏。
SACD(スーパー・オーディオ・CD) Multi-channel format, DSD recordingというシロモノで、
通常の全てのCDプレーヤーにも対応しているというハイ・ブリッドCDなのだ。
これをSACDプレーヤーで聴いた感想は…、口では言えないよ。
もちろん、通常のCDプレーヤーで聴いてもゴキゲンだす。
実は明記していないがこのアルバム、SACD対応プレーヤーで再生すると
その対応しているステレオ・チャンネル数に応じて数曲の別テイクが収録されている。
何が収録されているかは聴いてのお楽しみ。
まあ、ほとんどの人は楽しみにはしていないだろうけど。
デッキ持ってなきゃな。
興味のある人はこれを機会にSACDプレーヤーを購入して未知の世界へどうぞ。

この新譜、オノ氏所有のスタジオでのスタジオ・ライブ・レコーディングとなった。
スタジオ・ライブ・レコーディングとは、まあ、要するに一発録り。
しかし、ただの一発録りではない、DSD(Direct stream digital) recordingだ。
(意味は解らない。)
一発録りはジャズではよくあることだ。
しかし大抵一人マイク1本を割り当てられ、場合によっては各自をブース分けして、
後で差し替えできるようにしている場合もあるが、今回のレコーディングではメンバーにも
自分にもマイクが向いていなかった。
その代わり自分たちから1メートル程離れたスタジオの中央にまるで一本の樹のように
7,8本のマイクが集合していた。
しかも全てのマイクが枝のように四方八方に向いていた。
我ら四人はその樹に向かっていつものように演奏した。
(この様子はサキソフォビアH.Pのアルバム紹介で写真を掲載。)
結果、差し替えやダビング、各自の音量バランスすらいじれない。
全てのマイクが全員の音を拾っているからだ。なんとリバーブもかけ録りなのだ。
つまり音はほとんど録ったまんまなわけだ。
録る以前の環境造りに細心の、強力なエネルギーが注がれている。
これはなかなか面白い体験だった。
なぜこんなシチュエーションで録音したかというと、・・オノ氏のこだわりである。
このハイ・ブリッド盤を創るためにはこの方法が最良らしい。
自分にはオーディオ知識がないので詳しいことは解らないし説明もできない。
ただ、理屈はぬきでぜひ一度このCDを大きい音で聴いていただきたい。
その臨場感とダイナミクス、そしてサックスの音のリアリティを体感してもらえると思う。

今回はオリジナル曲が中心の選曲になった。いいバランスで収録できたと思う。
いつもアルバムができあがるまでは選曲と曲順で胃が痛くなる。
トータル・デザインは前回に引き続いてパピヨンにお願いした。
このホーム・ページやサキソフォビアのホーム・ページを創ってくれている人たちだ。
ネタンダーズ時代からだから長い付き合いになってきたね。
今回もかなり無茶を言った気がする。いや、言いましたね。ホント、すみません、いつも。
ここまで私の思いつき、気まぐれ、わがままを笑って聞いてくれる人たちU^に私は出会った事がないと思う。
音楽をより美しく聴かせてくれる最高のジャケット・デザインだと思う。
素晴らしいデザイン・チーム。パピヨン万歳。
そしてそのジャケットを飾る美しいモデルの方々、ありがとう。
からだの或るパーツだけで美と色彩を体現してしまうあなた方とぜひ一度お食事がしたい。

そして我がサキソフォビアの恐るべきメンバーの皆さん。
音楽の送り手として、妥協することなく、音楽のカテゴライズをひょいと乗り越え、
あらゆる場面で聴くことのできる作品を創ることができたのは皆さんの才能と献身の成果。
美しい人たちだぁ・・。
お疲れ様。そしてありがとう。
さあ、3枚目を創ろう。…ひと休みしたら。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #4 (updated 2003/6/12)

JUJU's Lounge #03

また戦争が始まった。
心ない無知な人たちが、また戦争を始めた。
彼らはいったい何を求めているんだろう。

彼らは気づいていないんだろうか。
自分の人生が短いということを。
人の一生は砂浜の砂一粒でしかないということを。
それは、とても儚くて、とても寂しくて、誰の目にも留まらないかもしれない。
もしかしたら、彼らはそれに少し気づいてあがいている哀しい人々なのかもしれない。
誰かに気づいて欲しくて、誰かに見て欲しくて。
でも、彼らに考えて欲しい、
短い人生には別の、もっと大きな喜びがあるかもしれない。
それは短い一生を懸けてやっと実になるものかもしれない。

彼らは恵まれた人たちかもしれない。
でも、気づいて欲しい、
あなたたちも、自分の父親と母親が愛し合い、裸になって、SEXをして、
そして生まれた、ただの人だということを。
それ以上でも以下でもない、ただの人だということを。

人を憎む時間があるのならば、家族を愛する時間に使って欲しい。
人を陥れることに費やす時間があるのならば、
家族に、愛する人たちに捧げる時間に費やして欲しい。
そうすれば、自分が守るべきもの、そのためにすべきことは変わるはず。

もう一度考えて欲しい。
人は生を授かった以上の幸せはないということを。
そして、誰にもそれを奪う権利は無いということを。
みんな、同じ時代、同じ時間を生きている仲間でしょ。

そして、悲しいことに、彼らは私たちが選んだ代表者たちです。
でも、私は常に傍観者をきめこんでいる。彼らは自分たちを映す鏡のはずなのに。

目に映らないところで、普通の人たちが毎日、体をバラバラにされ、
瓦礫に押し潰されて死んでいく。

私はいかなる理由があろうと、全ての侵略、戦争に反対します。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #3 (updated 2003/3/23)

JUJU's Lounge #02

『2003年』。新世紀も3年目に入った。まさに幼いころ夢見た『未来世紀』。
そりゃぁ、歳もとる。

しかし、振り返ってみれば去年はなかなか慌ただしい一年だったと思う。
不思議なもので忙しさは連鎖的に集中する。
と言っても、休みなく各地を駆け回り、武者修行のごとく演奏していたわけじゃないが。
どうも毎夜違うメンバーで演奏披露するようなスタイルは性分に合わないのか、能力もないらしい。
元来どんどん出来事を忘れてしまう性質なので、日替わりでは余程のことでもない限り、
ミソもクソも人の顔もみんな忘れてしまう。
それでなくても脳ミソのシワは日々減っているのだから、私などには無理だろう。
まあ、そういう日々が続くことも無くはないが。
でも、たまに思いがけずセッションってやつになって素晴らしい演奏者と演るのは本当に楽しい。
そこで出会った素晴らしい音楽家もたくさんいる。
まあ、我を忘れるほど忙しくもヒマでもなく、ほどほどに時間もあり、嫌な仕事をすることもなく、
尊敬できる人達に囲まれて、人様に然程ご迷惑をかけずにやってくることができたとすれば、
この一年、幸せだったと思うべきだろう。
とまあ、過ぎたことはこれくらいにして・・・。

TVの話。
去年の大晦日は数年ぶりに仕事もいれず、家でのんびりと新年を迎え、
明けて正月もぼーっと寝正月だったので、必然的に普段あまり観ないTVをしばらく観ていたのだが、
もう、驚いた。
つまらない。
とにかく、知らないお笑い芸人の番組とグルメ番組、それに動物モノとウタ番組。
それと肉体系スポ根番組。
この印象しかない。毎日ひたすらこれだった気がする。
しかも、どれもこれも本気でトコトンつまらない。
ドラマっていっても学芸会のだし物を観ているみたいだし・・・。
まあ、昔からそんな正月番組やってた気もするけど。
ちょっと観ない間に夜のニュース番組までワイドショー化していた。
◯◯◯はお涙ちょうだい番組が目に付く。
国中が老若男女、安っぽい応援歌を歌いだしたみたいな、
驚きと恥ずかしさで胸いっぱい。
それなら観なきゃいいのに、びっくりしてたくさん観た。

しばらくお茶の間を離れていた間に、TVは変わった。
TVってこんなにもつまらなかったっけ?もっとブラウン管の中に引き込まれた気がするけど。
世間のTVの観方が変わったのか。
私が「オッサン」、いや、大人になってしまったのか。
TV、キライじゃなかったのに、本当は。

TVを消し、蕎麦を食いながら考えた。
人々はマスメディアに動かされ、その世間の風潮にマスメディアは影響される。
これは共存だ。メディアは人々の鏡だ。
無情にも自由を奪われ数十年ぶりに帰国した人々を、やれ可哀相だ、気の毒だと唱えながら、
世間は腹一杯になるまで、果てしなく小突き回し続ける。
そんな大人が子供に、いじめは悪い事だと諭す。
自ら選んだ政治家達をつかまえて、オマエラのせいで国が傾いていると吠え立てる。
思い上がったスットコドッコイな国に、未だに本気で夢と劣等感を抱いている人たち。
自分のヨメには夢中になれないオトコと、自分のダンナには夢中になれないオンナ。
なにも考えないことが楽なことに、みんなが気づいていくのね。


あぁ、ごめんな、しんや&ゆうき。(甥っ子。)
オジちゃんたちはずっと、自分の身の回りのことに夢中で、
世界に感謝することを忘れてしまった。
だからキミたちにすばらしい世界を用意してあげられなかった。
ホントはそれが仕事なんだろうに。
キミたちはオジちゃんのこと、ずっと本気でサンタクロースだと思ってくれていたのに。
じつはウルトラマンなんじゃないか?とまで思ってくれていたのに。
キミたちは、美しく生まれてきたのに。

そんなキミたちのことを想う今でさえ、これから三年ごとの二人同時の入学祝いはキツいな、
と考えているオジちゃんは、汚れているのね。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #2 (updated 2003/2/16)


JUJU's Lounge #01

このホームページができて早半年。
「サキソフォビア」や「朱未」のホームページも含め、シンプルさや色の感じ、構成は伝えたものの、 後はパピヨンに任せっきり。
挙げ句の果てに自分の参加した作品等もろくに分からず、家に残っていた資料だけを頼りに、
彼らにネット上を探してジャケ写を集めてもらう始末。
ごめんなさい。いつもありがとう。
そして、パピヨン万歳。
そんな訳で、ここが私のホームページだと自分自身に知らしめる証しに、
不定期ながら思いついた事や日頃の出来事を書き連ねていくことにした。

そんなこんなで思い出した話。
つい先日、前米国大統領ビル・クリントン氏が青少年達に未来を語るために(?)来日した。
私はサキソフォビアでの「ライブ演奏」を当日の氏歓迎晩餐会のメイン・アトラクションとして依頼された。
こういう類いの仕事は大概、始まってしまえばあっという間だがそれまでが長い。
まあ、その経緯は措いておくとして、無事に当日を迎え私は茨城に乗り込んだ。

正直な話、いまさら緊張して膝が震え、冷や汗をかき、「人」と手のひらに書いて呑み込み、
目は血走って、痒くもないところを掻き毟るってことは、ない。
が、前米国大統領であり、当時アメリカ期待の星と称された人物に会うと思うとやはり期待も高まる。
世界を動かしていた男なのだ。
「・・しかし本物かねぇ。」
「いや、今は民間人とはいってもやっぱりVIP、影武者かもな。」
「時期も時期だしなぁ。」
「っていうか、そっくりさんだったりして。」
「でもにせものだったら「MC」で××××話はOKかぁ?」
「それって×××?」 (以下の会話の掲載は危険を伴うので割愛。)
この調子で本番直前に全く低レベルな、それでいて何故かうっすら緊張感のある会話で盛り上がっていると、
楽屋のドアをノックする音。
「そろそろご出演のご準備をお願いいたします。」と、スタッフの声。
晩餐会も佳境に入り、いよいよサキソフォビア出演の時間を迎えた。

さて本番。
いつものようにマーチ・インしながらステージに上がり、
いざ、主賓席に座る前米国大統領ビル・クリントン氏のご尊顔を拝すると・・・、
なんというか、これがまったくオーラがない!?いや、それどころかユルい。
というか普通のアメリカ(=田舎)のオジサンではないか!?
まさかオーラを消すまでの気配りなのか・・・。
演奏が始まると、氏はジャズ好きで彼自身もサックスを吹くということで、しきりに眼鏡をかけたり外したり、
通訳に何か聞いてはパンフレットらしきものを覗き込んだりと今度は落ち着きがない。
と思ったら、またボ~ッ・・・。
そんな、ばかな。
・・・しかし、思い起こしてみれば確かにこれまでに出会った偉人達は非常にユルい人物も多かった。
洋の東西を問わず多くの方が変人ではあった。
「社会の窓」を全開にしたまま、全くまばたきをせずに私を見つめて微笑んでいる方もいらっしゃった。
感心させられるほどデカいハナクソをつけたまま、万物の真理を語ってくださった方もいらっしゃった。
数え上げれば枚挙に遑がない。
しかし・・・、彼らは皆、眼が違っていた。
深い色を湛えて瞳が不気味に輝いていた。
氏も任期終了したとはいっても強大国の長を勤め上げた男。
普通の人であるわけがない。何かが違うはず。
う~ん、いったい・・?。
いや、まて、何か違う・・、なにか・・・。

・・・あぁ・・・、お、お顔が大きい・・・、しかもかなり、人並みはずれて・・・。
・・・さすが・・・。

やはり「歴史に名を残す人物」は何かが違うというお話。


-p.s-
彼は非常にサキソフォビアを気に入ってくれ、晩餐会のラスト・スピーチでは
半分は私達の話をしてくれた。いい人なんでしょう、きっと。
そして「また聴きに来るゼ。」ともおっしゃっていたとか。
さすがにアメリカを背負っていた男、ビル。 アメリカン・ジョークがイケてる・・・。

Inoue "JUJU" Hiroshi "Lounge" #1 (updated 2002/12/15)